大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(行ケ)160号 判決

原告

内田清一

右訴訟代理人

円山作

外四名

被告

大阪商事株式会社

右代表者

田中与一

被告

森林平

右両名訴訟代理人

関根栄郷

補助参加人六八名別紙目録記載のとおり〈略〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用及び被告ら補助参加人らの参加によつて生じた費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和三八年一〇月一〇日同庁昭和三五年審判第八三号事件及び昭和三六年審判第三一二号事件についてした各審決を取り消す。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら訴訟代理人は主文第一項同旨竝びに「訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一、原告は、名称を「作業用莫大小手袋」とする登録第五〇〇二九九号実用新案(昭和三一年五月二二日出願、昭和三四年九月一五日登録)につき実用新案権を有するものであるが、昭和三五年二月一七日被告森林平から、昭和三六年六月八日被告大阪商事株式会社から順次右実用新案の登録を無効とする審判の請求がなされ(右請求の順により特許庁昭和三五年審判第八三号事件、昭和三六年審判第三一二号事件)、特許庁は昭和三八年一〇月一〇日いずれも「実用新案登録を無効とする」旨の本訴請求の趣旨掲記の各審決(以下、右事件の掲記の順に従い、第一、第二審決という。)をし、その謄本は同年同月二六日原告に送達された。

(考案の要旨)

二、本件考案の要旨は「継目なしで円形に編成した主体1に連続して同一編目数で連続編成した手首部3の全面にわたり、上段編目と下段編目との編環掛合部4に伸長状態で掛止し、隣接する縦編目列の適宜数の裏面を潜通させ、再び編環掛合部4に掛合させたゴム糸5を横編目列の適宜間隙ごとに編み込み、これらゴム糸5と編環との掛合部を同一縦編目列に揃えて編成してなる作業用莫大小手袋の構造」〈以下省略〉

理由

一前掲請求の原因のうち、本件考案について登録無効審判の請求から審決の成立にいたる特許庁における手続、考案の要旨及び審決の理由に関する事実竝びに本件考案の作業用手袋の構造が(A)ないし(D)の事項の結合により構成され、これにより(1)ないし(4)の作用効果があること自体は当事者間に争いがない。そして、審決取消事由の存在は、被告らのこれを認めるところであるが、被告ら補助参加人らにおいてこれを争つている。

思うに、実用新案登録無効の審判については、その確定審決があり、その登録がなされたときは、同一の事実及び同一の証拠に基いて再びその審判を請求することができないものであつて(大正一〇年法律第九七号実用新案法第二六条、同年法律第九六号特許法第一一七条)、その限度においては審決に対世的効力があるから、このような審決の取消訴訟に補助参加した者には、民事訴訟法第六九条第一項の規定により補助参加人としてなしうる訴訟行為の範囲において、必要共同訴訟における共同訴訟人と同様の地位を与え、その訴訟行為については同条第二項の制約を免れさせ、かえつて同法第六二条の規定を準用するのが相当である。すなわち、その訴訟参加の形態はいわゆる共同訴訟的補助参加に該るものと解される。なお、本件登録無効の審判については、実用新案法施行法第二六条第三項によつて旧実用新案法第二三条の規定が適用されるが、被告ら補助参加人らがいずれも同条所定の除斥期間内に自ら登録無効審判を請求せず、また、被告らの請求した本件登録無効の審判手続においても参加あるいは参加申請をしていないことは本件弁論の全趣旨により明らかである。従つて、このような場合、被告ら補助参加人らに必要的共同訴訟における共同訴訟人と同様の地位を与えることを行過ぎであるとして、その地位を単なる補助参加人たるに止むべきであるとの見解が考えられるが、無効審判請求の除斥期間に関する前記規定は、その期間経過後において適法に係属中の登録無効の審判に参加することまで許さない趣旨ではなく、まして適法に係属中の無効審決の取消訴訟に補助参加することの許否竝びにその補助参加人の地位を定める根拠となりうるものではない。

してみると、被告ら補助参加人らはいずれも本件訴訟に共同訴訟的補助参加をなしたものというべきであるから、その陳述の主張に抵触する被告らの自白は効力を生じるに由がないものといわねばならない。

二本件考案の構成要件及び作用効果については冒頭一において確定したところであるが、その進歩性の存在を否定した審決の判断の当否を審究する。

1  原告は、その手袋の構造としては拇指付根部から手首部に至る間において目減らしをしないことが不可欠の要件である旨を主張し、成立に争いのない甲第一号証(本件考案の出願公告公報)によると、本件考案の明細書中、登録請求の範囲の「継目なしで円形に編成した主体1に連続して同一編目数で連続編成した手首部3の全面に亘り……」との記載があるのでその解釈として、本件考案の手袋においては、主体と手首部とが接続するそれぞれの部分及び手首部全体が同一編目数である(従つて、少くとも主体下端部から手首部末端に至る間においては目減らしがない)ことになるが、主体の拇指付根部から下端に至る間が同一編目数で構成されることについては登録請求の範囲に限定がなく、また、実用新案の説明に、「手首部又は主体下方を目減らしすることなく平編(原文には「手編」とあるが誤記と認める。)のまま連続編成し、編成に手数を要せず好能率に製作し得る効果がある。」と記載されているのも、そのうち「手首部又は主体下方」という部分が手首部全体と手首部に接続する主体下端部を指すものと解されるので、登録請求の範囲の記載としてさきに摘示した点と趣旨に変りがなく、他に拇指付根部から手首部に至る間において目減らしをしないことに関する記載は本件考案の明細書のどこにも全く存在しない。従つて、作業用手袋の構造として、主体の拇指付根部から手首部に至る間を同一編目数で連続編成することは本件考案の構成要件ではないというべきである。

2  成立に争いのない丙第七号証の三(第一引用例)によると、第一引用例には、「メリヤス手袋類には種々の製造方法があるが、その中最も主要なものは靴下の場合と同様に縫目なしのものと、メリヤス生地を適宜に裁断し之に縫綴したものとである。そして通常、手首部、手甲及び指部から成り立つている。」との記載が、また、縫目なし手袋のうち軍手(すなわち作業手袋)に関する説明として「……人指指の外側に於ける針を拇指に要するだけ引上げ、之に前に編んでおいた拇指を移して編み続け、三〜四回拇指側の針を減じて編幅を狭め手首部の太さとした後、編糸を切断して機械から取去る。そこで現在の軍手は編止めを行うのであるが、従来のものはこれにゴム口織部を編続ける。」との記載があるほか、その第三七二図には、手首部が主体に連続編成された作業手袋が図示されていること、これからみると、従来の作業手袋には、指部、掌胛部が円形に編成され、その編幅が手首部の大きさにされた後、続いて手首部が同一編目数で継目なしに編成されたものがあつたことが認められるところ、成立に争いのない丙第一五号証(昭和三〇年三月一九日出願の実用新案公報)には「在来に於ては次の二種の手袋がある。……(中略)……その二種は掌部手頸部の区別無く一体にメリヤス編に形成した手袋がある。これは製作に手数を要せず安価であるが、使用に際し手頸部が引締められないで弛緩するから、手より脱離する虞があり、作業に不便な欠点があつた。」との記載があり、さらに、成立に争いのない丙第二九号証(昭和三〇年六月一七日出願の特許公報)には「従来の作業用手袋は各指を夫々別個に編成し……(中略)……これ等の指を連繁して手掌部を筒状に編成した後、第一指を附設し再び筒状編成を行い最後に手首部を編成する……」との記載があることが認められるので、彼此併せ考えるならば、指部、掌胛部及び手首部を継目なしに連続編成した作業手袋は本件登録出願(昭和三一年五月二二日)前既に当業者にとつて周知事実であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、右周知事実に関する第一、第二審決の認定は誤りではないというべきである。

3  手袋における手首部の横編目一列置きにゴム糸を挿通したものが第二引用例によつて本件出願前から公知であつたことは原告の認めるところであり、成立に争いのない丙第六号証(第二引用例)によると、第二引用例には軍手の同一編目数で編成された手首部(但し、それは手先部とは別個に丸編されるものである。)において、横編糸の一本または数本置きにゴム糸を編込んだものが示されていることが認められるから、審決の右公知事項に関する認定には何ら誤りがない。原告は、第二引用例の手袋と本件考案の手袋とが全体の構造、ゴム糸の挿通形式等において異なるとして、審決が後者をもつて前者により公知であると認定したのは誤りである旨を主張するが、審決は本件考案の手袋と第二引用例の手袋とが全体の構造、ゴム糸の挿通形式等において異ならないとして、前者を後者により公知であると認定したわけではないから、原告の右主張は的外れという外はない。

4  成立に争いのない丙第八号証(第三引用例)によると、第三引用例には、足部、脚部及び履口部の全体(但し、足部の先端を除く。)を継目なしに同一編目数で直円筒形に連続編成した無踵靴下(これがいわゆる軍足であることは公知であつて、当裁判所に顕著な事実である。)に関して、「履口部3の編素地糸1の内面に沿い横方向の編目毎に数条の護謨紐或は被覆護謨紐4を設け、之を編目の一つ置きに絡編部6の中間に挿通」するとの記載があるので、これをその図面(特に第二図)と対照すると、第三引用例の靴下の履口部について、審決認定のとおり、上段編目と下段編目との編環掛合部に伸長状態で掛止し、隣接する縦編目一列の裏面を潜通させ再び次の編環掛合部に掛合させたゴム糸を横編目列ごとに編込み、これらのゴム糸の編環との掛合部を同一縦編目列に揃えて編成した構造が開示されていることが明らかである。そして、右同号証によれば、第三引用例の無踵靴下の履口部について、ゴム糸の挿通により伸縮性が大きく、靴下の脱落を防止する作用効果があるほか、その構造上、当然のこととして、ゴム糸が掛合する縦の編目列が内方に引込まれて凹入し、ゴム糸が裏面を潜通した編目列が表面に浮出すため、全体としてゴムメリヤス同様の外観を呈することが認められ、また、右無踵靴下は、前記のような編方に鑑みると、本件考案について先に確定したところと同様の作用効果(但し、「手首」を「足首」と読みかえる。)、すなわち、手首部の伸長拡大良好のため着脱が容易であるとともに、編成が好能率に行われるという作用効果を奏することを推認するに難くない。

してみると、審決が第三引用例の無踵靴下の構成及びその作用効果についてした認定は正しく、非難するに足りない。原告は、作業用手袋との構成上、機能上の差異を挙げ、これを理由に審決の認定を非難するけれども、その主張は両者の差異を強調するあまり、その属する技術分野に共通性のあることを無視したものであつて、到底採用することができない。

5  成立に争いのない丙第七号証の四(第四引用例)によると、第四引用例には米田英夫著「編組工学」中、「第四章 緯糸又は経糸の編込んだメリヤス」と題し、冒頭で「メリヤスの組織中に編目を作らずに緯糸、経糸又はこれ等両方を編込む場合がある。その目的は……(中略)……編地の伸縮性を著しく大きくしようとする場合もある。この場合にこれに編込むべき経緯糸にはゴム糸条の如き伸縮糸が用いられる。」と概説したうえ、例図の説明をしているが、その第二六八図について、「第二六八図は平編を基礎とし、各コースに於て緯糸を一つ目をきの編目中に挾み込むと共に、他の一目をきの背後にタツク編の如く掛けて緯糸を波状に編込んだものである。」との説明が記載されていることが認められるところ、同図の説明は当然右概説を前提とするものであるから、同図において編込まれる緯糸は、少くとも編地の伸縮性の拡大を目的とする場合には、ゴム糸条のような伸縮糸が用いられるものと解するのが相当である(原告は同図の緯糸を伸縮性がないものであると主張し、いくつかの理由を挙げているが、いずれも首肯するに足りない)。そうだとすると、同図と第三引用例との両者における緯糸の性質及び挿通構造は同等であることが明らかであるから、結局、第三引用例におけるゴム糸の挿通構造(これは本件考案においてゴム糸を編込んだ構造に相当する。)が本件出願前公知であつたことは第四引用例によつても裏付けられることになる。

従つて、第四引用例に関する審決の認定には何ら誤りがない。

6  以上を総合すると、本件登録出願当時、本件考案の構成要件のうち、(A)及び(B)の事項は、作業用手袋において周知に属し、(C)及び(D)の事項は少くとも第三引用例のような無踵靴下において公知であつたものであつて、本件考案は、結局、主体と連続して同一編目数で連続編成した手首部を備えた周知の作業用手袋における手首部全体に、第三引用例の靴下の履口部におけるゴム糸編込構造を転用したものに外ならず、これによつて生じる作用効果も第三引用例の靴下において充足されているということができる。従つて、手袋と靴下とがその製造上、極めて近接した技術分野に属し、相互に関連する面が多いことを勘案すると、本件考案は、いわゆる単なる寄せ集めの考案というべく、当業者として周知事実及び公知文献に基づいて容易に推考することができたものと判断するのが相当である。

そうだとすれば、これと同趣旨の理由により本件考案が旧実用新案法第一条の考案を構成しないとして、その登録を無効にすべきものとした審決の判断はいずれも正当というべきである。

三よつて、本件第一、第二審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九四条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 石井敬二郎 橋本攻)

別紙〈省略〉

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